池井戸潤新作「陸王」を読んだ感想
「陸王」を買いました!
当初こんなに早く単行本を買うつもりはなくて、メルカリで安く出品されたら買うか~と思ってたんですけど、何の因果かまやかしか、おじさんから図書カードを頂いたので雨の中TSUTAYAにGOしたのです。
池井戸潤作品を「下町ロケット」しか読んだことがないビギナーなのですが、今作のテーマに惹かれ是非読まんとすサガン鳥栖と思いました。
ネタバレするので悪しからず。
あらすじ
勝利を、信じろ――。
足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。
埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は、百年の歴史を有する老舗足袋業者だ。といっても、その実態は従業員二十名の零細企業で、業績はジリ貧。社長の宮沢は、銀行から融資を引き出すのにも苦労する日々を送っていた。そんなある日、宮沢はふとしたことから新たな事業計画を思いつく。長年培ってきた足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズを開発してはどうか。
社内にプロジェクトチームを立ち上げ、開発に着手する宮沢。しかし、その前には様々な障壁が立ちはだかる。資金難、素材探し、困難を極めるソール(靴底)開発、大手シューズメーカーの妨害――。
チームワーク、ものづくりへの情熱、そして仲間との熱い結びつきで難局に立ち向かっていく零細企業・こはぜ屋。はたして、彼らに未来はあるのか?
amazonから引っ張ってきました。
今回は零細企業の足袋製造会社が舞台。
そしてその会社がランニングシューズの開発に挑戦するというその文言に僕は惹かれたんです。昔からランシューはちゃんと調べて買う派ですごくおもしろいんだよな。
先に感想を言っちゃうと、「おもしろかったです。」
だけど、最高!!!優勝!!!とかじゃないんです
ただおもしろいな~って思いました。
ちなみに試し読み出来るそうなのでどうぞ。
宮沢という男
こはぜ屋の社長宮沢と係長の安田がトラックに乗っているところから始まるんですけど冒頭中の冒頭のこの時点で俺の頭の中には阿部寛と安田顕が浮かんでしまう。
早計だと思うんですけどなんとなく、というか読む前から「下町ロケット」がよぎりまくってるんですよね。登場人物が増えてくるたびにその人物相関も含めて、先入観があながち間違ってないと思いました。
想像するに易いけど、足袋の会社は市場が縮小していて売上が右肩下がりなことは自明白々こはぜ屋もその問題に直面しているんです。
会社の経理を担当する富島は資金繰りに苦労してるんです。
埼玉中央銀行行田店の坂本という男が融資をしてくれているのですが、この坂本が
めちゃくちゃイイやつ!
零細であろうとその会社を思うからこそ実際的な提案をしてくれるすごく出来る大人という感じ。宮沢に新規事業を投げかけたのもこの男。
あとで銀行を異動、さらには転職するんですけど、本職とぜんぜん関係ないにに最初から最後までシューズ作りに献身する、とにかくかっこいい男です。
そういうわけで宮沢は新規事業について思案する。
営業で取引先を回った後、娘の茜に頼まれたスニーカーを買いにスポーツショップに行きます。
そこでビブラム社の「ファイブフィンガーズ」と出会うんです。
こんなかんじのやつ。足袋との共通性を感じるんです。
そのときの文。
「走り」を追求して五本指シューズに行きつくとは、一本取られた。本当だったら宮沢が思い付くべきアイデアではなかったか。・・・
のちの融資の話に来ていた坂本にランニングシューズを作るためにはまず走りを知る必要があることを指摘された場面では、
思い付きに舞い上がり、冷静にやるべきことを詰めていない自分の短絡ぶりを反省するしかない。
こんなところから感じられる宮沢の「未完成感」がすごくいいなって思います。
老舗の社長といっても正社員20名の小さな会社の跡を継いだだけで、アメリカの大学出て大企業でバリバリやってましたみたいなエリート経営者じゃないんですよね。
いっちゃえばただのおじさん。
小さい会社だからというのはあるけど 社長自ら営業回ってる所も泥臭さを感じます。
でもそこが良い!完璧じゃない人がトップに立って事業を起こし、社員を巻き込んでいくとこはやはりアツくなります。
分かりやすく言うなら例えば、「ももいろクローバーZ」っていうアイドルがいますよね。知ってますか?僕もよくは知らないんだけど…。
デビュー当初、彼女らの魅力も「未完成感」だったんだと思います。
歌唱もダンスもビジュアルも、どれをとっても完璧とは言えない。
でも一方で親しみやすくて、人間味があって、魅力を感じられる。
そうして今や多くのファンを巻き込んでいますよね。
ほかの作品は分からないけど、下町ロケットの佃社長もそうだったように、主人公の未完成感が池井戸さんの作品の魅力だなと思います。
「陸王」の誕生
そんなことでランニングシューズへの応用の着想を得るんですけど実は宮沢の父、先代がマラソン足袋を作ってたことがあったんですよ。
そこに書かれていたのが「陸王」。
それをそのまま自分の開発していくシューズにも冠するんです。
ちなみに序盤でいう陸王はまだ改善点アリアリです。
なんだけどいろいろあって学校体育でこの陸王を使いたいとなって、そして実際に生産を開始するんです。実績を得る最初のヒットですね。
高校の時に学校指定の体育シューズがめちゃくちゃ嫌いだったことを思い出しました。
陸上部の顧問で体育も担当していた先生に抗議したけどぜんぜん話聞いてくれなかったな。しょうがないと思ったけど、生徒会とかそういうのでもっと大々的にやればよかった。
なのでこういう風に学校体育で使う靴について考えてくれる先生だったり、会社があるとすごくいいなぁと思いました。
余談ですけど小学生の時にはいてた上履きって最高だよね。
茂木と村野
もう書くの疲れた…
この物語のもうひとりの主人公、ダイワ食品陸上競技部の茂木という男がいます。
大学時代に箱根駅伝に出場、あの山登りの五区を走り、優勝経験のあるランナーという設定。
しかしケガに悩まされ、実業団での競技生活に苦悩している。
一方、アジア工業に所属するライバルの毛塚は1年目から大活躍。
茂木は、毛塚の背中が遠くなっていくこと、自分自身に対して、苦しみ続けます。
レベル関係なしに、競技をやっていた人なら少しは感じたことがあるよね~、わけわからなくなってくるよね~。
実業団の選手って当たり前だけど競技をやめたら他の人と同じように普通にその会社で働くっていうことが意外と盲点だと思う。
入社してから長いサラリーマン生活を送るうえで、競技者が引退したあと急に現場に入っていくのはかなりの障壁だし、実業団スポーツのシステムは欠陥があると思う。
このことについて学生時代に活躍する選手(特に陸上競技の)や指導者は十分配慮して、セカンドライフを見据えた方がよさそうだな~と思うんですけどね。
これまで俺は走ってしかこなかった。なんて何にもならないのが現実ですしおすし。
お寿司で最初に食べるのはアジ。
その茂木に寄り添い、シューズのケアをしているのは「アトランティス」という大手シューズメーカーの村野。
アトランティスはこはぜ屋の競合となるのですが、この村野は業界では知る人はいない超名伯楽シューフィッターなんです。
ビジネスのためでなく、選手本位の人格者なんですけど、それが故に胸糞悪い上司の小原に冷遇され、最終的に村野は退職することになるんですよ
そのあとこはぜ屋の陸王作りを助けてくれるんだけどね。
村野を見て頭に浮かんだのは三村仁司さん。
モデルはこの人だと思います。
あとすごい人だしこはぜ屋を助けてくれるからってことで勝手に下町ロケットの財前みたいだな~って思いました。
最初からすごく下町ロケットを引き合いに出してお気づきかと思いますし、こんな事いまさらってかんじですけど、
非常に物語の構成とか人物とかが似てるんですよ。
それが故展開が分かるし、新鮮味に欠けていてそういう部分がう~~~~ん。
そういう位置づけの作品ならそれまでなのだけど、どうしてもそれ以上を求めてしまう。
他の作品を読んだことが無いので大きな声では言えないですけど、ファンの方々はどんな感じなんだろう。
大地と飯山
宮沢の息子が大地です。
就活をしているんですけど50社?くらい落ちててこはぜ屋を手伝ってるんです。
「就活」を扱うのはすごくいいな思った。
自分が就活やった補正がかなりあるけど、大学生とか二十代の共感を得ますよね。
大地の言葉や心情に、就活生のリアルが描かれてるのもあって、自分にとってタイムリーだったので良かったです。
そういえば「何者」を読もうと思ってたのに読んでいない。映画を見たい。
飯山は元々インテリア関係の会社の社長だったんだけどその会社を倒産させちゃってペーペーの男です。でもその時に「シルクレイ」という素材を開発して特許を取得してた。
宮沢はそのことを坂本から聞いて、シルクレイを陸王のソールに利用したいと飯山を交渉するんですけど、いろいろ難航します。
結局技術顧問として飯山も力を貸してくれることになるんです。
そして「ニュー陸王」の開発のため大地は飯山のシルクレイ作りを手伝うことになるんだけど、このコンビがいいんですよね~~~。
特に第十章で飯山と大地が機械のメンテナンスをする場面。
飯山は部品はとってもダイジ、でも部品は所詮部品。って話をした後に、
「人だよ。絶対に代わりが無いのは、モノじゃない。人なんだ」
っていうんですよ。
大地の就活の事とか、飯山のこれまでの事とか、いろいろひっくるめるとすげえイイ台詞です。しみる~。
これは読者へのストレートなメッセージであるとも思いました。
大地はこはぜ屋での仕事のおもしろさを感じつつ安定した大手企業へ就職しようとするジレンマの中、メトロ電業という良い会社の人事面接に行って、手応えアリ!ぶぱぱぶぱぱ~!ってなって最終面接もうまくいくんです。
この大地の物語は、もうひとりの主人公と形容した茂木とも違って、作中のアナザーストーリーだと思うんです。
登場人物それぞれにストーリーがあって、最終的に「陸王」という一本道に交わる。
その中でも特に大地の話には若者の世相を表したメッセージがあるんじゃないかと思いました。
まあでも物語の顛末としては結局ですやん!!!ってなったんだけどね。
悪い奴ら
と、見出しを付けましたが悪いとかじゃないんですよね。
たしかにアトランティスの小原は嫌な奴で太ってて髪の毛は整髪料でテカってて息が臭そうだし(どこかで正しい描写があったかもしれないがおみそれしてるかも)、村野の後任の佐山も選手のことを考えてなくてねずみみたいな顔をしてそうなんだけど、こはぜ屋を妨害してるとはいえ、多少私怨があるとはいえ、ビジネスですもんね。
当然自社の売上を上げたいに決まってるし、大企業が中小をつぶそうとするのもヒドイ!サイテー!とかじゃなくて戦略ですもんね。
それが現実だしそれを受け入れて会社っていうのは戦わないといけないんだよな。
まあ結果的に勧善懲悪。
すっきりとした結果になるんだけどね。
ロードレース
ニューイヤー駅伝のとこはめちゃくちゃいいね。
実際にある大会を取り上げるのがいい。
毎年見てるんで桐生市役所とか五区とか六区とか情景が浮かんでくるんですよ。
そんで茂木の先輩、平瀬のラストラン。
ダイワ食品陸上部の監督が見せる涙。
感動して電車で読んでたのに泣いてしまって最悪だった。
平瀬ふざけんな!よかったぞ!!
このレースでソール、アッパーに改良を加えた陸王を履いて、茂木は復活の快走を見せて、おまけに毛塚にも勝ちます。
毛塚はアトランティスのショッキングピンクのRⅡというシューズを履いてるんですけど、そういうことで小原はおかんむり。こわいよ~。
そして最終章の京浜国際マラソンの茂木はかっこいいです。
16章と17章
終盤ということもあって、最大の見所です。
最初に未完成感の話をしたかと思うんですけど、ここもそうなんです。
宮沢は人が良いというのもあって、自分の意志を押し出せない。
そこを村野や坂本に突かれるんだけど。
ただその後、フェリックスという会社の御園という男と関わるにあたって描かれる、意志を持った宮沢には引き込まれる。
未完成ではあるけど、一際輝いたものを持っているんです。
百田夏菜子みたいですね~。
「百年ののれん」という言葉がたくさん使われますが、これは宮沢の良心であり弱みであり、社長としてのプライドなんですよね。
あとここの場面には、作者の経営の何たるかのようなものが書かれてる気がする。
踏み込んだ話になってきて、雰囲気が変わるんです。
読み応えがあって一番好きな章でした。
総評
588ページありますが、表現にクセがないしすいすい読めちゃいます。
それは実在する場所、モノ、社会を舞台としているからかもしれません。
その現実とのシンクロが読者のイメージとも合致して、面白さ、情感にも直結する。
最終的にこの小説を例えると、
ジャンプですね。
週刊少年ジャンプみたいです。「友情・努力・勝利」
奇遇にも出版は集英社だし。
だからこそ、感動するし読みたくなるしおもしろいんです。
皮肉に聞こえるかもしれないですけど、間違いなく明快におもしろい。
この作品は蓮の季節に始まり、蓮の季節に終わる。
舞台になっている埼玉県の行田市で出土したものは行田蓮なんて呼ばれるみたいで。
かつて先代が作り上げた陸王が、宮沢らの奮闘によって再びその芽を伸ばし、光を浴びる。
そんな風になぞらえているのかもしれないですね。