森見登美彦「夜行」の感想
森見登美彦さんの最新作「夜行」を読みました。
この作品、こじにこじらせた森見登美彦十周年記念作品の第3作なのです。
ちなみに聖なる怠け者の冒険、有頂天家族二代目の帰朝は読んでいません。惹かれなかったので。
ネタバレ悪しからず。
あらすじ
僕らは誰も彼女のことを忘れられなかった。
私たち六人は、京都で学生時代を過ごした仲間だった。十年前、鞍馬の火祭りを訪れた私たちの前から、長谷川さんは突然姿を消した。十年ぶりに鞍馬に集まったのは、おそらく皆、もう一度彼女に会いたかったからだ。夜が更けるなか、それぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。私たちは全員、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていた。
旅の夜の怪談に、青春小説、ファンタジーの要素を織り込んだ最高傑作!
「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」
小学館公式より。
怪談・青春・ファンタジーは一見結びつかなそうではあるが読み終えると腹に落ちる気もする。
今作は強烈な語彙を駆使したヘンテコカレッジストーリーではありません。
帯に夜は短し・有頂天家族・きつねのはなし代表作すべてのエッセンスを昇華させたと書いてあってきつねのはなしは嫌だったな~と思いだす。最初の「きつねのはなし」だけを読んで止めてしまった。
そして明快ではありますが、明快でもありません。読んだらその夜に飲み込まれます。
感想
第一夜・二夜を読む限り、非常に奇怪で不気味な雰囲気が漂う感じがする。
それはぬらぬらと額を濡らすホテルマンであったり姿を消す女性のせいであるのかもしれないし、いるはずもないものがいるような心霊的な描写が分かりやすく書かれてるからかもしれない。
五人で一人ひとり話をしていくというのもいかにも怪談チック。
一夜と二夜で感じる薄気味悪さは終始まとわりつく感じがするのですが、それは「黒々とした」、「夜の底」というようなどんよりとしたものが随所に現れるからだと思う。
読んでいくうちにどっぷりと夜に埋もれていくような感覚になるのですが、一度読みながら寝落ちしてしまったことがあって、夢の中でもそのどっぷりとした感覚に溺れているようで中途半端な時間に気持ち悪く目を覚ましてしまったので、こんなのメルカリで買うんじゃなかった…と思った。メルカリで買いました、自白します。
第三夜
僕は事あるごとに「その中でイチバン好きなモノ・コト」を決めたがっちゃうのですが、今作でいうと第三夜 津軽です。
川端康成の雪国の書き出しが引用されていますが、知らずのうちにトンネルを抜けた世界、夜行に迷い込んでいた藤村さんを表しているような、そんな気がして妙なりと。
また雪景色に燃える家なんかは凄惨な美しさがあるやっぱり好きな描写です。
それと前の話と違って夫婦と同僚の鉄道旅行の情景にはそれまでの100ページ余りには薄れていた人間の温かみみたいなものがあってホッとしたから好きだと思ったのかもしれません。二夜とか人消えてばっかでこえーんだもん…。
ただ佳奈ちゃんが藤村さん自身ってのが結局一番気味悪かったな。
夜行と曙光
終始不気味でバッドな展開だと思いきや尾道から天竜峡まで、旅の話をした4人は報われてると思う。もちろん腑に落ちないとこもある。中井さんなんてホテルマンのこと瓦でガンガン殴って血達磨にしてるし。
自分と向き合い、何かを知ることで夜行に救われているように思う。田辺さんに至っては自覚はなくとも長谷川さんとも会えている。
十年前の火祭りから五年前の夏、四年前の秋、三年前の冬、二年前の春を経た今日、大橋は夜行と曙光の世界を知る唯一の(長谷川さんはちがうのかも)人物だ。長谷川さんとも再会する。岸田の妻という形で。
大橋は本当に想っていると仮定するなら、曙光での長谷川さんとの再会は残酷だな~と思った。
詳細に書かれていないので大橋だけはどんな人物なのか最後まで分からなかったけど、曙光から夜行に戻り、長谷川さんを知り、二度と会わないと思い、4人の仲間を想い、たった一度きりの朝をみるというハッピーエンドと捉えるべきか、否か。
総評
読後ですら、どこまでも続く夜がつきまとう。
長谷川さんは結局何だったのか、夜行と曙光って何だったのか、考えれば考えるほど森見登美彦の思う壺な気がする。
ホラーのようで、ミステリーのようで、良くできたお芝居のようで。
青春劇の爽やかさもある(気がする)。
253ページの分量とは思えない重みがある。
明快であり、明快でもないような作品でした。
恋文の技術が読みたくなった。